大阪地方裁判所 平成8年(ワ)8215号 判決 1999年7月29日
原告
株式会社ソフト九九コーポレーション
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
松村信夫
右訴訟復代理人弁護士
和田宏徳
被告
武蔵ホルト株式会社
右代表者代表取締役
【B】
右訴訟代理人弁護士
又市義男
主文
一 被告は、自動車補修用スプレー塗料「ホルツアンチラストペイント一八〇ml入り」、「ホルツミニミックススプレー三二〇ml入り」、筆付自動車補修用塗料「カラータッチ」並びにそれらの広告及び取引書類につき、別紙目録(一)の(10)ないし(13)記載の表示を行い、又はこの表示を付した右商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出若しくは輸入してはならない。
二 被告は、前項記載の商品につき、前項記載の表示を記載した容器、広告及び取引書類等の表示物件を廃棄せよ。
三 被告は、原告に対し、金一〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用はこれを四分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
六 この判決の第三項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、自動車補修用スプレー塗料「ホルツアンチラストペイント一八〇ml入り」、「ホルツミニミックススプレー三二〇ml入り」、筆付自動車補修用塗料「カラータッチ」並びにそれらの広告及び取引書類につき、別紙目録(一)の(1)ないし(13)記載の表示を行い、又はこの表示を付した右商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出若しくは輸入してはならない。
二 被告は、前項記載の商品を販売するに当たり、別紙目録(二)記載の広告又は表示をしてはならない。
三 被告は、前二項記載の商品並びにその容器及び広告等の各表示物件を廃棄せよ。
四 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成八年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
五 被告は、別紙目録(三)記載の謝罪広告を同目録(四)記載の方法で掲載せよ。
第二事案の概要
一 基礎となる事実(当事者に争いがないか弁論の全趣旨により認められる。なお、以下、書証の掲記は「甲1」などと略称し、枝番号のすべてを含む場合にはその記載を省略する。)
1(当事者)
(一) 原告は、ボディワックス類、クリーナー類、自動車補修用ペイント類、各種自動車専用ケミカル・用品を製造・販売する会社である。
(二) 被告は、自動車補修用ペイント類、補修ケミカル類の製造販売を業とする会社である。
2 (被告の行為1)
(一) 被告は、
(1) 平成五年八月ころから、自動車補修用スプレー塗料「ホルツアンチラストペイント一八〇ml入り」の容器本体に、別紙目録(一)(1)ないし(3)の表示をした。
(2) 平成三年三月ころから、筆付自動車補修用塗料「カラータッチ」の容器本体に別紙目録(一)(3)の表示をした。
(3) 右(1)及び(2)の商品のカタログ(甲1)に別紙目録(一)(4)及び(5)の表示をした(なお、(4)については正確には「高級ウレタン塗料使用」である。)。
(4) 販促紙の「ホルツニュース」において、別紙目録(一)(6)及び(7)の表示をした(甲2)。
(5) 自動車の販売業者、修理業者及び一般ユーザー向け雑誌である「A・M NETWORK」(平成八年四月号)及び「Auto Route」(平成八年六月号)に掲載した広告において、別紙目録(一)(8)及び(9)の表示を行った(甲3、4)。
(二) また被告は、平成八年五月ころから(一)(1)及び(2)の商品に、平成九年三月ころから「ホルツミニミックススプレー三二〇ml入り」(以下これらを併せて「被告製品」という。)に別紙目録(一)(10)ないし(12)の表示をし、その広告において同(13)の表示を行っている(以下、(一)の表示を「本件表示1」、(二)の表示を「本件表示2」といい、両者を併せて「本件表示」という。)。
3(被告の行為2)
被告は、被告製品を販売するに当たり、小売店の店頭に別紙目録(二)記載のパネル式広告(以下「本件パネル」という。)を設置した。
二 原告の請求
本件は、①本件表示は、被告製品の品質・内容について誤認させる表示であるから、それを表示する行為は不正競争防止法二条一項一〇号の不正競争行為に該当する、②本件パネルの広告は、原告の営業上の信用を害する虚偽の表示であるから、その展示は同法二条一項一一号の不正競争行為に該当するとして、原告が、被告に対し、同法三条一項に基づき右行為の差止め、同条二項に基づき被告製品等の廃棄、同法四条に基づき被告の行為によって被った損害の賠償及び同法七条に基づき謝罪広告を求めた事案である。
三 争点
1 本件表示における各表示は品質誤認表示に該当するか
2 本件パネルにおける表示は原告の営業上の信用を害する虚偽の表示か
3 被告が将来本件表示1の表示をするおそれがあるか
4 損害額及び謝罪広告の要否
第三争点に関する当事者の主張
一 争点1(品質誤認表示性)について
【原告の主張】
1 本件表示では、いずれも、被告製品にはウレタンが入っているので、ウレタンが入っていない製品よりも光沢度や塗り面積等の点で、補修用塗料としての性能が向上していると表示している。
そして、一般にウレタン塗料は、耐候性、耐水性及び耐薬品性に優れている塗料として業務用の自動車補修用塗料等に使用されているから、右表示は、被告製品が業務用のウレタン塗料と同程度の品質を有するとの認識を生じさせるものである。
2 しかし、被告製品の分析結果からは、被告製品中のウレタン結合は、検出することができないか又はごく微量のものが含まれているにすぎず、ウレタンが含まれることによって性能が向上する程度のウレタン結合は含まれていない。
3 また、被告製品は、他のウレタン塗料と比べて性能・品質が劣っているばかりでなく、アクリル塗料と比べても優れているとはいえない。
仮に被告製品の性能がアクリル塗料よりも優れているとしても、前記のようなウレタン結合の量からすれば、その品質向上はウレタンが含まれることによるものではない。
4 したがって、本件表示は、被告製品にはウレタンが含まれており、それによって業務用のウレタン塗料と同程度の品質を有すると消費者に誤認させるものである。
5 さらに、別紙目録(一)の(5)(8)(9)(13)においては、被告製品の場合、一八〇mlの容量でアクリル塗料の三〇〇mlに近い面積を塗装できると表示しているが、被告製品の塗り面積は、アクリル塗料の塗り面積と同等であるにすぎないから、この表示は、品質を誤認させる表示である。
【被告の主張】
1 被告製品には、ウレタンは含まれている。したがって、「ウレタン入り」等と表示することは何ら品質誤認表示ではない。
2 原告は、ウレタン塗料等との表示から、一般消費者は被告製品を業務用ウレタン塗料と同程度の品質を有するものと認識すると主張するが、そもそも一般消費者には「ウレタン塗料」がどのようなものであるかということについての認識はないから、原告主張のような認識は生じない。また、仮に一般消費者に業務用のウレタン塗料についての認識があるとしても、業務用塗料と一般消費者向けの塗料とは配合成分及び割合、使用方法、販売ルート及び需要者を全く別にする商品であるから、一般消費者向けの商品である被告製品について本件表示がなされているからといって、これが業務用塗料と同程度の品質のものであるとの認識は生じない。
3 したがって、本件表示は、一般消費者向けの自動車補修用塗料に属する商品間での被告製品の優秀性を表示するにすぎないものであり、これは虚偽ではない。
4 原告は、被告製品に含まれるウレタンの量を問題とするが、被告製品にウレタンが含まれており、かつ、被告製品が他の競合品と比べてウレタン塗料に見られる品質の優秀性を示している以上、被告製品に含まれるウレタンの量は関係がない。
5 なお、原告は、塗り面積についての本件表示の問題点を指摘するが、被告製品は二回塗りをした場合の隠蔽力において他のアクリル塗料よりも優れており、アクリル塗料によって被告製品と同程度の隠蔽度を得るには、三回以上の塗布が必要となる。
二 争点2(営業誹謗表示性)について
【原告の主張】
1 本件パネルの内容からすれば、それを見た需要者は、「他社ペイント」と表示された商品は被告製品に比べて柔軟性がなく、本件パネルのバンパー模型のはげ落ち傷跡のように簡単にはがれてしまうような粗悪な製品であると認識する。
2 自動車補修用塗料の市場において、原告製品は、約六〇パーセントのシェアを有している。また、原告製品と被告製品とは、自動車用品の量販店において同じ売場で並んで売られていることも多い。したがって、本件パネルを見た需要者は、「他社ペイント」とは原告製品のことを指すと理解することになる。
3 しかし、原告製品と被告製品について各種試験を行った結果によれば、原告製品の品質が被告製品に比べて劣っているということはできない。
4 したがって、本件パネルの表示の記載は、原告の営業上の信用を害する虚偽の表示である。
【被告の主張】
1 一般消費者用の補修用塗料製品は、原告製品のほかにも数社から販売されているのであるから、本件パネルに記載された「他社ペイント」が原告を指していることにはならない。また、実際、本件パネルに使用した製品は訴外日本ペイント社の製品であって、原告製品ではない。
2 また、本件パネルにおける表示は、被告が実際に行った品質比較テストの結果をそのまま表示しているのであり、被告製品は、そこに示されているようにプラスチックバンパーについて非常に高い密着性を有しているのである。
3 したがって、本件パネルの表示は、原告の営業上の利益を害するものでもなく、また虚偽の内容を示すものでもない。
三 争点3(被告が同種行為をするおそれ)について
【被告の主張】
1 被告は、平成七年三月ころまで本件表示1を使用して、被告製品につき「ウレタン塗料」という表現を使用していたが、同年四月からは「ウレタン・フォーミュラ」という表現に変更し、それ以後は本件表示2を使用しており、本件表示1については今後とも使用する予定がない。
2 また、本件パネルは三〇枚作成され、平成八年三月ころから各小売店の店頭で使用されたが、現在では使用されておらず、使用する予定もない。
【原告の主張】
1 被告が被告製品について本件表示1の使用を中止した事実はない。
2 被告の主張2は争う。
四 争点4(損害額・謝罪広告の必要性)について
【原告の主張】
1(一) 被告は、平成七年八月八日から平成八年八月七日までの間に、被告製品を販売したことにより、少なくとも六五一五万一〇〇〇円の利益を得た。不正競争防止法五条一項により、これが原告の被った損害の額と推定される。
(二) 原告が本件訴訟のために要した弁護士費用は、六〇〇万円を下らない。
(三) したがって、原告は、被告に対し、七一一五万一〇〇〇円の損害賠償請求権を有しているが、本件ではうち一〇〇〇万円を請求する。
2 仮に1の損害賠償が認められないとしても、原告は、被告の不正競争行為によって、原告製品が被告製品よりも品質が劣っているかのごとき誤解を受けることにより、自己の営業及び商品に関して著しい損害を被った。この損害を填補するには一〇〇〇万円が妥当であるから、本件ではこれを請求する。
3 被告の不正競争行為によって原告が受けた信用毀損等の無形損害は、損害の賠償によって填補されるものではない。したがって、原告は、被告の不正競争行為によって侵害された営業上の信用を回復するための措置として、別紙目録(四)記載の方法で別紙目録(三)記載の謝罪広告を求める(なお1、2の請求と3の請求が両立しないときには、3による謝罪広告を主位的に、1及び2の損害賠償を予備的に請求する。)。
【被告の主張】
1 原告主張の損害額は争う。
2 被告製品の売上げは、被告製品にウレタンという表示をしているからではなく、被告が高い品質を有する製品を、価格競争力のある価格で、市場のニーズに応じて迅速に、市場に投入してきているからにほかならないのであり、被告の企業努力によるものである。
第四争点に対する当裁判所の判断
一 争点1(品質誤認性)について
1 本件表示から生じる一般消費者の認識について
(一) 本件表示の内容について
(1) 別紙目録(一)の(1)は「ウレタン塗料」、(2)は「ウレタン入り補修塗料」、(3)は「ウレタンアクリル」と表示されているところ、これらはいずれも被告製品の容器本体に表示されたものであるから、被告製品の塗料としてウレタンが含有されていることを意味するものであると認められる。
(2) 別紙目録(一)の(4)は「高級ウレタン塗料(使用)」、(5)は「ウレタン入りだから樹脂バンパーに最適」、「ウレタン入りだから防錆効果が抜群」等と表示されているところ、これらは甲1のカタログで一体として使用されているのであるから、両者あいまって、被告製品の塗料にはウレタンを含んでいるから品質が優れているとの趣旨を表示するものであると認められる。
(3) 別紙目録(一)の(6)は「ウレタンベース」、(7)は「高級ウレタンをベースにしている補修用エアゾールペイントはホルツだけなのです」と表示されているところ、これらの表示は甲2のように被告製品の広告として使用されているのであるから、被告製品の塗料としてウレタンが含有されていることを意味するものであると認められる。
(4) 別紙目録(一)の(8)は「プロが使うペイントは、九〇%がウレタン・ベースなのです。補修用ではホルツだけが消費者の皆様にエアゾールで販売しているのです。だから、★ウレタンベースの特徴 1ツヤがあるので、新車の輝きがでる…」と表示され、(9)も同様の内容が表示されているところ、この記載が甲3、4のような自動車関連雑誌に掲載されていることからすれば、被告製品は、プロが使う業務用商品と同じウレタンが含有されているので品質が優れているという趣旨を表示するものであると認められる。
(5) 別紙目録(一)の(10)ないし(12)は「ウレタン・フォーミュラ」と表示されているが、甲36によれば、これはウレタンを配合した塗料という意味を表示するものであると認められる。
(6) 別紙目録(一)の(13)は、「補修用ではホルツだけがウレタン・フォーミュラの一液性エアゾールで販売してます。★ウレタン・フォーミュラ・ペイントの特徴 1ツヤがあるので、新車の輝きがでる…」と表示されており、(5)で述べたところを併せ考慮すれば、被告製品はウレタンを配合しているので品質が優れているという趣旨を表示するものであると認められる。
(二) 自動車補修用塗料(特にウレタン塗料)について
甲15、19、21、23及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 従来、新車用塗装の場合には、単なるアクリルラッカー系塗料が使用されていたが、一九五〇年代後半ころから、アミノアルキド系やアクリル系の塗料を熱処理(焼き付け)によって硬化させ、耐候性、耐水性及び耐薬品性等に優れた塗装を行うようになり、品質面の向上が進んだ。
他方、補修用塗装の場合には、このような熱処理を行うことが困難であることから、常温で硬化するアクリルラッカー系塗料が用いられていた。しかし、これは新車用塗装の場合と比べて塗膜性能が劣ることから、自動車補修業者(いわゆるボディーショップ)では、ウレタン塗料が使用されるようになった。
(2) 一般にウレタン樹脂(正確にはポリウレタン樹脂という。)は、組成中にウレタン結合(-(NH-CO-O)-で表記される。)を多数含む高分子化合物の総称であり、ウレタン結合は、水酸基(-OH)とイソシアネート基(-NCO)との重付加反応によって得られる。
塗膜中にウレタン結合が形成される形態としては、塗装時にウレタン結合を生成するものや、塗料中にあらかじめウレタン結合を有する樹脂を配合しておくもの等があるが、それらはさらにウレタン結合の具体的な形成方法によって細分類され、各塗料によって用途がある程度決められている。
現在、一般に自動車補修業者の間で使用されているウレタン塗料は、ポリオール硬化型ウレタン塗料と呼ばれているもので、これは、水酸基を有するポリオール(主剤)と、イソシアネート基を有するプレポリマー(硬化剤)を別の塗装液として用意しておき、使用時に混合・反応させてウレタン結合を形成し、硬化させるものである。このため、このウレタン塗料は、二液性塗料に分類されており、用途も多岐にわたる。このウレタン塗料が一般消費者向けの商品として販売されたのは、唯一かつて株式会社オート・アクセサリーノムラから販売された「ウレタンペイント」(甲45、46)のみであったが、同社が倒産したために販売が中止されている。
被告は、被告製品に使用する塗料は、アクリル樹脂の一部をウレタンに変性させるとともに、特別の方法により硬化剤の使用を不要とした画期的な一液性の商品であると主張している。
なお、一般消費者向けの自動車補修用塗料は原告も販売しているが、原告製品はアクリル系の塗料である。
(3) ところで、一般に塗料は、樹脂、顔料、添加剤及び溶剤から組成されるが、塗装後に溶剤が揮発して、樹脂が塗面を形成する主材となる。そして、従来のアクリルラッカー系塗料の場合には、塗装後に溶剤が揮発すると、あらかじめ塗料中に配合されていたアクリル樹脂がそのまま塗膜を形成するにとどまっていた。これに対し、ポリオール硬化型ウレタン塗料の場合には、二液を混合することによって樹脂同士が重合(高分子化)して架橋されるため(ウレタン重合)、溶剤を加えても再溶解せず、紫外線によって樹脂間が一部分断されても全体への影響が小さい。そのため、塗膜の耐候性、耐水性及び耐薬品性が向上する塗膜が得られる。
(三) 以上のような本件表示の内容及びウレタン塗料の性質からすれば、一般消費者が本件表示に接した場合には、被告製品にはプロが使う塗料の成分と同じウレタンが含有されていること、そのために他の一般消費者用の自動車補修用塗料に比べて品質が良いとの認識が生じるものというべきである。
この点について原告は、塗料に業務用・一般消費者用の区別はない上に、一般消費者や小売店の仕入担当者が補修用塗料やウレタン塗料の詳細を知らないから、本件表示に接した場合、業務用塗料と同程度の品質を有すると認識すると主張する。しかし、甲1ないし4及び証人【C】の証言によれば、被告製品は、スプレー式又はペン式の自動車補修用塗料であって、甲25ないし31及び証人【D】の証言により認められる販売形態、すなわち、自動車用品店(カーショップ)やホームセンターで販売されることからしても一般消費者を主たる需要者とする商品であると認められるのであり、他方塗装業者による塗装は特殊の設備を使って専門的に行う塗装であるから、自ずから一般消費者向けの塗料及び塗装面との間に品質の差があるであろうことは一般消費者も当然に前提とするところであると考えられる。また、被告製品の広告である甲3の記載を見ても、プロが使う塗料と一般消費者向けのエアゾール商品とを対比しているのであり、これは、一般消費者の認識を前提とするものであると考えられる。したがって、原告の右主張は採用できない。
2 そこで次に、被告製品中のウレタン含有量について検討する。
(一) 後掲証拠(書証番号の下に試験報告書等の作成機関名を摘記)によれば、次の事実が認められる。
(1) 熱分解GC/IR法による分析
甲5(財団法人化学品検査協会大阪事業所)の1、甲8(関西ペイント株式会社)、甲13(株式会社東レリサーチセンター関西営業部)、甲42(関西ペイント株式会社)によれば、IRスペクトル分析法(赤外線分光光度法又は赤外線吸光度法ともいい、以下「IR法」という。)に熱分解ガスクロマトグラフ(GC)法等を組み合わせて被告製品の成分を分析したところ、いずれもウレタン樹脂を検出しなかったことが認められる。
なお、甲6(財団法人日本塗料検査協会西支部検査所)の1ないし3、甲9(久保考ペイント株式会社)、甲43(財団法人日本塗料検査協会西支部検査所)及び44(同)でも、IR法(GC法と組み合せたものかは不明)によって被告製品中の成分を分析したところ、ウレタン樹脂を検出しなかったことが認められる。
さらに、甲7(株式会社東レリサーチセンター関西営業部)では、IR法と13C-NMR法によって被告製品を分析したところ、「試料中にウレタン結合が存在する形跡は認められない」とされた。その上で、「検出下限について定量的な議論は困難であるが、通常の材料で考えられるウレタン結合量(ウレタン結合数mmol/g程度)であれば十分確認できると考えられる。したがって仮にウレタン結合をもつ成分が試料中に含まれていたとしても、その量はごく少量であると推定できる。」とされ、「定量的な評価をするためには、標準試料として、ごく少量のウレタンを含む類似試料のスペクトルを測定し、検出下限を求めることがまず必要である。また、ウレタンが熱分解して生成するイソシアネートは熱分解GC/MS法でかなり高感度で検出できる。検出下限を下げて議論する必要のある場合、有効な手法であると考えられる」とされた。
なお、甲13では、熱分解GC/IR法によるウレタン樹脂の検出下限を、標準試料のピークの二分の一の大きさのピークまで検出できるとする前提の下に、一二五〇ppm(〇・一二五パーセント)としている。
他方、甲5、甲6の9ないし11、甲9によれば、業務用二液性塗料であるレタン社及び関西ペイント社の塗料については、IR法(及び熱分解GC法との組合せ)によってもウレタン樹脂が検出されたことが認められる。
(2) 熱分解GC/MS法による分析
甲13によれば、熱分解GC/質量スペクトル(MS)法により、被告製品を分析したところ、ウレタン樹脂が熱分解したときに生じるHDI(ヘキサメチレンジイソシアネート)は存在しないと判断されたことが認められる。そして、本試料中のHDIの検出下限については、標準溶液との比較から、一一三〇ppm(〇・一一三〇パーセント)であるとされた。
これに対し、乙5(株式会社住化分析センター大阪事業所)では、被告製品においては種々の原料が配合されていて正確な解析が妨害されることから、熱分解GC/MS法を適用することは困難であるとされている。
(3) 加水分解GC/MS法による分析
乙5によれば、被告製品を加水分解GC/MS(SIM法)法によって分析したところ、微量ではあるがHDI成分が含まれると推定されるとされ、甲14(株式会社住化分析センター大阪事業所)においても同様の結果が示された。
(二) 以上に基づき検討するに、いずれの実験結果においても、IR法によっては、被告製品中にウレタン樹脂を検出することができなかった点では一致している。
ところで、右試験法による検出下限について、甲7では、ウレタン結合数mmol/g程度であれば十分に検出できるとした上で、厳密には標準試料を用いて導出することが必要であるとし、それを踏まえて甲13では、標準試料と対比した検出下限を導出しており、このような方法には一般的に信頼性があることを考慮すると、被告製品中のウレタン樹脂量は、少なくとも一二五〇ppm(〇・一二五パーセント)未満であると認められる(もっとも甲13の熱分解GC/IR法では一一三〇ppmとやや低い検出下限が示されているが、甲13の結果と乙5の分析とが必ずしも一致していないことから、右数値を基準にすることには問題がある。)。他方、加水分解GC/MS法によれば、微量ではあるがHDI成分が含まれると推定されるというのであるから、これらを総合すれば、被告製品中には、〇・一二五パーセント未満のウレタン樹脂が含有されていると認めるのが相当である。なお、乙2(株式会社東レリサーチセンター関西営業部)、乙3(財団法人化学品検査協会)及び乙5では、被告製品の原料樹脂とされるものについての実験結果が示されているが、その検体が被告製品の原料であることを裏付ける資料が提出されていないから、右実験結果を斟酌することはできない。
3 次に、被告製品と同種製品との品質の相違について検討する。
この点については、まず、甲16(財団法人日本塗料検査協会西支部検査所)、甲17(同)及び22(関西ペイント株式会社)においてJIS規格に則って被告製品、原告製品及びその他塗料について塗膜性能試験を行ったところ、原告製品の方が全般に優れた塗膜性能を有する結果となったことが認められる。他方、乙6(槌屋ケミカル株式会社)及び乙7(同)において同様の試験を行ったところ、被告製品の方が原告製品及び訴外日本ペイント製品よりも全般的に優れた塗膜性能を有する結果となったことが認められ、また、乙14(財団法人日本塗料検査協会東支部)及び乙15(同)においても、全般的に被告製品の方がやや優れた結果となったことが認められる。
右のように、各証拠によって試験結果は一様ではなく、とりわけ甲16及び17と乙14及び15とでは、同じ財団法人日本塗料検査協会という公共機関の西支部と東支部とで異なる試験結果を報告していることからすれば、被告製品と原告製品等の同種競合製品との品質の優劣は不明といわざるを得ない(なお、乙4の記載は甲10、21に照らして採用できない。)。
4 以上に基づいて検討する。
(一) 前記1(二)で述べたウレタン塗料の性質からすれば、その優れた塗膜性能は、塗料中に含まれ又は塗料の混合によって形成されるウレタン結合によって得られるものであると認められ、特に被告製品は、アクリル樹脂の一部をウレタンに変性させた一液性のウレタン塗料であるというのであるから、そのウレタン結合は、塗料自体の中に含有されているものと推認される。
ところで、甲15(社団法人日本塗料工業会発行の「塗料原料便覧」)によれば、ポリウレタン樹脂塗料について、米国材料試験協会規格(ASTM Dー16)において、「ポリイソシアネートとしてビヒクル不揮発分あたり10%(重合)以上含むもの」と定義されていることが認められるところ、甲8及び42によれば、被告製品中のビヒクル不揮発分(すなわち樹脂)は全体の一六・四ないし三三・八パーセントであると認められるから、被告製品において前記米国材料試験協会規格の規格を満たすためには、被告製品全体中に一・六四ないし三・三八パーセントのウレタンが含有されている必要があることになる(なお、右の米国材料試験協会規格以外に、我が国においてポリウレタン樹脂塗料の規格が定められていると認めるに足りる証拠はない。)。
右米国材料試験協会規格は、外国での規格であるから、そのような規格のない我が国において、直ちに「ウレタン塗料」等と表示することが許されるか否かの基準となるものではないが、一般に製品規格は、一定の品質を保証することを念頭に置いて定められるものであるから、ウレタン塗料に関する右規格は、我が国において「ウレタン塗料」等という表示が許されるか否かを検討するに当たっても、参考にし得るものである。
しかるところ、前記2で認定した事実によれば、被告製品中のウレタン含有量は少なくとも〇・一二五パーセント未満であり、前記規格に基づいて算定される最低基準(一・六四ないし三・三八パーセント)のわずか一〇分の一未満にすぎないのであるから、仮に被告製品が原告製品よりも品質が優れているとしても、それが被告製品がウレタンを微量含有していることによる効果であるとは認め難い。したがって、そのような被告製品についてウレタンが含有されている旨を表示し、ウレタンが含有されているから品質が優れている旨を表示することは、その内容及び品質を誤認させるものというべきである。
(二) この点について被告は、①被告製品は、アクリル樹脂の一部をウレタンに変性させるとともに、硬化剤の使用を必要としない画期的な一液性の製品である、②建物塗料の分野においては一液性の塗料について「ウレタン」と銘打ったものが販売されている(乙8ないし11)、③被告製品にウレタン塗料に見られる特徴が認められるのであれば、被告製品に含まれるウレタン結合の量の多寡を問題とする意味はないと主張する。
しかし、①については、被告製品中の含有ウレタン量が前記の程度にとどまる以上、その程度の含有量でありながらなおかつウレタン樹脂としての塗膜性能向上の効果を有する特段の事情が示されなければ、「画期的」というだけでは先の判断を左右しないというべきである。また、②については、乙8ないし11に示されている各塗料中のウレタン含有量が判然としない(ちなみに甲38及び41によれば一〇ないし二〇パーセントであると述べられている。)から、他社製品に「ウレタン」との表示が使用されているからといって、被告製品に使用することについての先の判断は左右されない。さらに、③については、前記のとおり、被告表示は、ウレタンを含有しているから品質が優れているとの認識を一般消費者に与えるものと認められ、また被告製品が含有ウレタンによって品質の向上を得ているのか否かを判定するに当たって、その含有ウレタン量は重要な要素である。
したがって、被告の右主張はいずれも採用できない。
(三) 以上によれば、被告が本件表示をする行為は、不正競争防止法二条一項一〇号の不正競争に当たり、原告はこれによって営業上の利益を害されるおそれがあるものというべきである。
二 争点2(営業誹謗行為性)について
1 別紙目録(二)のとおり、本件パネルでは、「ホルツカーペイントはウレタン入りだからホディーはもちろんバンパーにも最適」と大書され、「ホルツカーペイント(ウレタン入)」と「他社ペイント(アクリル塗料)」をプラスチックバンパーに塗布したものについて、「ホルツカーペイント」は、「光沢が良く剥れにくい」として、使用前に黒色であったバンパーが使用後には一様に白色となり、特に塗料が剥がれた部分がないバンパーの模型が示されているのに対し、「他社ペイント」は、「柔軟性がなく剥れてしまう」として、使用前に黒色であったバンパーが使用後には白色に塗られているものの、ところどころで塗料が剥がれて黒色部分が露出しているというバンパーの模型が示されている。
これによれば、本件パネルは、一般消費者に対し、「他社ペイント」は「ホルツカーペイント」に比べて塗料としての柔軟性がなく、バンパーに塗布した場合にすぐに剥がれてしまうとの認識を生じさせるものと認められる。
2 ところで、甲39の5によれば、平成七年ないし九年ころの自動車補修用塗料の業界においては、原告が約五七ないし五八パーセント、被告が約一五ないし二一パーセント、及びニッペホームプロダクツが二三ないし二一パーセントというシェアを有しており、争点1で述べたとおり、このうち被告のみがウレタン塗料との表示をしていることが認められる。また、甲25ないし31によれば、自動車用品店においては、被告製品と並んで原告の自動車補修用塗料も陳列販売されていることが認められる。
右に証人【D】及び同【C】の証言を併せれば、本件パネルに接した一般消費者は、「他社ペイント」とは少なくとも原告製品を指すものだと認識するものというべきであり、したがって、本件パネルは、原告の営業上の信用を害する表示であるというべきである。
3 そこで次に、本件パネルの「他社ペイント」に関する表示が虚偽であるといえるかについて検討する。
原告製品及び被告製品の塗膜性能に関する試験には、甲16、17、乙6、7、14及び15がある。これらはいずれもJISの塗料一般試験方法に定める方式(甲18の1)に則って行われたものであるが、塗面の剥がれに対しては、付着性試験、耐塩水噴霧性試験、促進耐候性試験、耐揮発油性試験及び耐酸性試験が関係すると認められる。
そこで付着性試験について見ると、甲16の1及び2では全体的に原告製品の方が優れている結果となっているが、乙6、7、14及び15では試験項目により上下はあるものの概ね被告製品の方が優れている結果となっており、両者の品質の相違は明確ではない。
また、本件パネルにおける表示は、特にバンパーを対象としたものとなっているが、現在の自動車のバンパーはプラスチック製であるのが一般である。したがって、原告製品と被告製品との品質の相違を検討するに当たっては、プラスチックへの付着性等を問題とすべきであるが、それを試験したものは本件証拠中にはない。
以上よりすれば、本件パネルの表示が、原告製品の品質に関して虚偽の内容を表示するものであるとは認められない。
したがって、本件請求のうち、本件パネルの表示が原告の営業上の信用を害する虚偽の表示であることを理由とする部分については、その余について検討するまでもなく理由がない。
三 争点3(被告が同種行為をするおそれ)について
1 弁論の全趣旨によれば、市場では本件表示1を用いた被告製品が販売されていることが認められる。
しかし、被告の主張によれば、被告は被告製品について本件表示1から本件表示2に切り替えたというのであり、原告の調査によっても、現在では、被告は、被告製品の広告には本件表示2のみを用いているというのであるから、市場には本件表示1を用いたものが売り切られずに残っているとしても、今後とも被告が本件表示1を使用することを認めるに足りる証拠はない。
したがって、本件請求のうち、本件表示1の差止め及び右表示を使用した容器等の廃棄を求める部分は理由がない。
2 他方、本件表示2については、弁論の全趣旨によれば、被告は現に使用しており、今後も使用するおそれがあると認められるから、その使用の差止め及び右表示を使用した容器等の廃棄を求める請求は理由がある。
四 争点4(損害額・謝罪広告の必要性)について
1 まず原告は、主位的に別紙目録(三)の謝罪広告を求めている。
しかし、右請求は不正競争防止法七条に基づくものであるところ、同条では、「不正競争を行って他人の営業上の信用を害した」ことが要件とされているのであり、被告が本件表示をしたことによって原告の営業上の信用が現に害されたことを認めるに足りる証拠はないから、謝罪広告請求は理由がない。
2 そこで、損害賠償請求について検討する。
(一) 前記認定によれば、被告は本件表示に係る不正競争を行うについて少なくとも過失があったものというべきところ、まず原告は、不正競争防止法五条一項に基づく損害額の主張をしている。
確かに、甲39によれば、被告製品は平成三年以降急速にシェアを伸ばしていることが認められ、本件表示の内容及び甲48からすれば、ウレタン塗料であることを強調することが被告製品の売上の増加に寄与している面があることは否定し得ないところである。しかし、まず、被告が被告製品の販売によって得た利益の額自体について、これを認めるに足りる証拠はない。また、証人【D】及び同【C】の証言によれば、自動車補修用塗料の売れ行きは、宣伝や品質のほかに、価格、新色への対応の早さ、色数の多さ等の種々の要因が組み合わさった結果であることが認められ、そうであるとすれば、本件表示によって得た被告の利益の額は、被告製品全体によって得られた利益の一部にとどまるというべきところ、原告は右の点について何ら主張・立証しておらず、その割合を合理的に認定し得る証拠はない。
したがって、被告が不正競争行為によって得た利益の額は不明というべきであるから、不正競争防止法五条一項に基づく損害額の請求は理由がない。
(二) 次に原告は、被告の不正競争行為によって信用が毀損されたことに基づく損害額を主張するが、1で述べたとおり、そのことを認めるに足りる証拠はない。
(三) さらに、記録上、原告は、本件訴訟の提起・追行を弁護士に依頼して行ったことが認められるところ、本件に現れた一切の事情を考慮すれば、被告の不正競争行為(品質誤認行為)と相当因果関係を有する弁護士費用としては、一〇〇万円とするのが相当である。
第五結論
以上によれば、本件請求は、主文掲記の限度で理由がある(なお、主文第三項以外については仮執行宣言を付すのは相当でないから、これを付さないこととする。)。
(裁判長裁判官 小松一雄 裁判官 高松宏之 裁判官 安永武央)
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